8月20日
8月16日にフジ系で放送された「ほんとにあった怖い話 夏の特別編2025」を録画して少しずつ見ている。過去の名作6本をデジタルリマスターしたものに新作一本を加えて放映したものだ。
まず一本目が「黄泉の森」。小栗旬と加藤夏希が出ている。二人とも若い。肝試しに来たものの、あたりの異様な雰囲気に怯えて帰ろうという小栗。その時枯れ枝を踏む音がして、懐中電灯で照らすと早速白装束の女性の姿が現れる。懐中電灯を取り落として必死で逃げる二人。女性はゆっくりとしか歩いていないようなのにどんどん間を詰めてくる。ようやく車に乗り込む二人、だが震えてキーが刺さらずなかなかエンジンが掛からない。女性の姿はどんどん迫ってくる。ようやくエンジンが掛かり、前を見るとフロントグラスに無数の幽霊の顔が張り付いていた…というもの。わずか3分の非常にシンプルな話だ。何故幽霊が出るかなどという説明も一切ない。自殺の名所で心霊スポットだから出て当たり前ということなのだろう。それでも充分怖い。音も怖いし、ラストの夥しい幽霊たちの顔(特殊メイク)が何といっても怖いのだ。後ろから追いかけてくる女性から何とか逃げられたと思ったら目の前に幽霊がいたというのは「お約束通り」なのだが。
次の「真夜中の紊乱者」はこれよりはやや長い話だ(といっても7分にも満たない)。新米ドライバーの上野樹里が友人と夜のドライブをしている。午前二時頃山道で自転車を引いた老婆を見かけて車を停めると、そこにいたのは老婆ではなく、小学生くらいの男の子で、事故に遭って入院した父親のところに行くから駅まで乗せてくれという。自転車は積めないからと言って断ると、自転車は置いていくという。この子がなんとも異様で怖いのだ。冬の深夜なのに薄着、父を心配している様子も見えない。さらにはお姉さんの家に行きたいなどと言い出す始末。なんとか子どもを駅で下ろして逃げるように帰るが、赤信号で車を停めたタイミングでドアを叩く音が。見るとあの少年が不気味に笑って立っていた。
このシリーズは視聴者からの投稿をもとに作った「ほんとにあった」ことだというが、さすがにこの最後の部分は脚色ではないかと思う。これはまさに「再度の怪」だからだ。
「再度の怪」については、京極夏彦が「塗仏の宴」の中でわかりやすく説明してくれている。「再度の怪とは、怪異に出会い、一度驚いて逃げ帰り、ほっと一息吐いたところで同じ怪異が繰り返されて、再度仰天するという構造の怪談話である。(中略)回を重ねれば展開に予定調和が生まれる。しかし、そうなればそうなったで--これも勿論話者の技量次第なのだが--来るぞ来るぞと募る期待感で裏腹な恐怖感を煽る--と云う高度な演出効果も得ることが出来る」(「ぬっぺっぽう」)。
「黄泉の森」のラストの「お約束」もこれに該当するが、「真夜中の紊乱者」では、わざわざ最後にトドメを刺しに来ているわけで、これが本当に「実話」なら相当に悪意のある霊の仕業ということになる。それにしてもこの少年役の子役は本当に演技が巧い。今なら二十代後半になっているはずだが、その後がちょっと気になった。
さて、京極夏彦による説明の後半部分、「話者の技量」による「高度な演出効果」は、ホラームーヴィーでは不安定なアングルやフィックスのようで微妙に揺れている映像、不気味な音楽や効果音等に置き換わるわけだ。僕はどうしようもなく怖いホラーヴィデオ等を見るときは、この「来るぞ来るぞ」というところでいったん止め、早送りで本当に「来る」ところを確認してから戻ってゆっくり見る。そうすれば落ち着いて鑑賞できるのである(そうまでして観る必要があるのかという意見は当然あろうが)。
三作目以降は一作ごとが大分長くなったが、怖がらせ方の要諦は同じ。中で、若き日の佐藤健が出ている「顔の道」が僕には怖かった。
とりとめがなくなってしまったが、最後に僕がこれまでに見たホラー映像の中で一番怖かったものを上げる。それは「世にも奇妙な物語」の「見たら最期」という回だ。サブリミナル効果を使った見せ方がうまく、大した話ではないのだがとにかく怖かった。これが放映された時、僕は旅行していてホテルの部屋で見たのだが、とにかく怖くて眠れなくなってしまったのをよく記憶している。
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