「ポーの一族」再読、それから①

音楽、絵画、ドラマ

4月28日

 「ポーの一族」の続編四冊をアマゾンで注文した。書店のコミックスのコーナーに行くのは気恥ずかしいので、こうして買えるのはありがたい。数年前、40年ぶりにこのシリーズが再開されたことは知っていたが、僕のなかで出来上がっている作品のイメージが壊されてしまうのが怖くて、読むのを先延ばしにしていた。
 高校生の頃、仲間内(全員男子)でちょっとした少女漫画ブームがあった。竹宮恵子派と萩尾望都派に分かれたが僕は後者だった。「百億の昼と千億の夜」「トーマの心臓」「11人いる!」はもちろん、何気ない少女の日常を描いたような短編も好きだったが、特にのめり込んだのが「ポーの一族」だった。
 この有名な作品については、もはや詳細な解説は不要だろうが、一応簡単に触れておく。不老不死のバンパネラ(吸血鬼)になって14才で時間が止まってしまった少年、エドガーが主人公。「ポーの一族」「メリーベルと銀のばら」「小鳥の巣」の三部作と、十数編の中・短編作品で構成されている。「ポーの一族」は、19世紀終わり近くのイギリスが舞台で、新しい「血」を求めてバンパネラの一族が都会に出てくる。だが、「狩り」に失敗し、エドガーの養父母と実の妹のメリーベルは消滅してしまう。一人になったエドガーは、妹の復讐を果たした後、同い年の少年アランを仲間に引き入れて姿を消す。時が流れドイツの学校の門の前に二人が現れるところで物語が終わる。次の「メリーベル…」では時がさかのぼり、捨て子だったエドガーとメリーベルがポーの一族である老ハンナに育てられ、その後バンパネラになるまでを描く。「小鳥の巣」は、「ポーの一族」のラストからつながり、大戦後の西ドイツに現れたエドガーとアランが、全寮制のギムナジウムを舞台に繰り広げる騒動を描いている。その他の短編群は、時代も主人公(語り手)もバラバラで、相互に連関し、重層的に作品世界を作り上げている。最後の「エディス」で、物語の時間が現在(1976年)に追いつき、この巻でアランが消滅、エドガーも姿を消す。
 ところで、近年では、「純文学」の世界でも、語り手が次々に交替し、現在と過去が目まぐるしく交錯するような作品は珍しくなくなったが、昔はそういう「実験的」な作品は忌避されることが多かった。例えば三島由紀夫が1959年に発表した「鏡子の家」は、鏡子のサロンに集う四人の青年の物語を同時並行的に描いていくという、当時としては野心的な試みだったが、この作者の作品としてはヒットせず、評価も芳しくなかった。63年発表の福永武彦「忘却の河」は、章ごとに語り手が変わる連作形式の長編で、一部では評価されたものの、一般受けはしなかった。今日、こういう手法がごく普通に受け入れられるようになったのは、「ポーの一族」のような優れた漫画作品が、読者に耐性をつけてくれたからということもあるのではないだろうか。
 新作が届く前に、「正編」を一気読みした。途中、何度か涙腺が刺激された。還暦過ぎたおっさんが少女漫画を読んで泣くとは…。読み始めてすぐ、「グレンスミスの日記」でまず泣いた(この先ネタバレ)。イギリスの貴族グレンスミスが狩りの途中で霧に迷い、不死の一族が住む「ポーの村」に迷い込んだ不思議な経験(これはその前の「ポーの村」に書かれている)を記した日記を、娘のエリザベスが形見として受け継ぐ。彼女は結婚を機にドイツに渡り、戦争で夫を亡くし、苦しい生活の中で何とか生き延び、孫のマルグリッドにこの日記を引き継ぐ。マルグリッドの甥のルイスの学校にエドガーが転校してくることで、「ポーの一族」のラストと「小鳥の巣」につながっていく。一体何故この話に涙腺を刺激されたのか。時代に翻弄されるエリザベスの姿に、昨今のウクライナ情勢などが重なって見えたからかもしれない。
 今回ウィキペディアで調べて初めて知ったのだが、「グレンスミスの呪い」という言葉があるそうで、わずか24ページの小品にこれほど充実した内容が描き込めるということで同業者を驚嘆させた作品だという。これは「ポーの一族」シリーズ全体にも言えることだ。僕が持っているのは萩尾望都作品集の6~9にあたる四冊である(初期版の単行本は5分冊だが、これには「ポー」以外の短編も併録している)。長編と言えば10巻20巻が当たり前のコミックスの世界ではむしろ短いくらいだが、内容の深さと広がりは大河小説級と言ってよい。それだけに「エディス」での終わり方は唐突にも思えるが、終わりが突然来るのは人生も同じである。今回読み直して思ったのは、永遠に近い時を生き「思い出ばかりが多すぎる」と苦しむエドガーが、「帰ろう帰ろう遠い過去へ。もう明日へは行かない」と決めたのだから、やはりこれが最期なのではないかということだ。新シリーズは、エドガーは消滅していなかったというところから始まるのであろう。新たな展開に期待する半面、ちょっと心配でもあるのだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました