「鵼の碑(ぬえのいしぶみ)」まで②

詩、ことば、文学

10月10日

 「百鬼夜行シリーズ」の新作を読む前に、過去作を順に読み返した。9月17日の投稿時は「絡新婦の理」を読んでいる途中だった。その後、「邪魅の雫(じゃみのしずく)」まで読み、満を持して「鵼の碑」も読み終えた。ここで改めて感想を書いてみたい。
 初期の作品、特に「狂骨の夢」までの三作は、正統なミステリー小説の作方で綴られていたが、「鉄鼠の檻」に至って、完全に「妖怪小説」になった。そしてそれは作者が元来意図していた方向性だったのだろうという趣旨のことを前回書いた。
 第五作の「絡新婦」は830頁。「あなたが――蜘蛛だったのですね」と、京極堂こと中禅寺が「真犯人」と対峙する場面から始まる。一種の倒叙である。これですぐに犯人がわかるわけではないとはいえ大胆だ。この作品は登場人物があまりに多く、相関図でも作らないと頭に入って来ない。被害者も多く、総勢何人殺されたのか、誰が誰に殺されたのか、すぐには思い出せないほどだ。「真犯人」は自ら手を汚さず、事件を産出し続けるシステムを作ったのだという。実際には「真犯人」も自ら手を下していたのだが、京極堂はあえて告発しなかった。これも、普通のミステリー小説からは「脱皮」したことを示しているのか。
 次の「塗仏の宴」に至って、ついに二分冊になった。前編の「宴の支度」は、6つのエピソードからなり、微妙に登場人物などが重なりながらもそれぞれ「別の話」になっている。それが後編の「宴の始末」で一つにまとまる。スケールの大きい話ではあるが、事件というより騒動と言った方が相応しい。「姑獲鳥」「狂骨」「絡新婦」の登場人物の再登場もあり、第一段のグランドフィナーレという感じだ。最後の最後に事件の黒幕である、中禅寺とは縁浅からぬ「あの男」が登場する。
 「陰摩羅鬼の瑕(おんもらきのきず)」は、グランドフィナーレの後、サイドストーリーを集めた短編集をいくつかはさんで、いわば新規蒔き直しの作品である。帯には「あの『夏』の衝撃が甦る」と書かれている。「絡新婦」同様に一種の倒叙になっており、メイントリック(というか仕掛け)である「論旨の瑕」に関口が気付くという場面を冒頭に持ってきている。だが、ここで真相に気付いてしまった読者(僕もそうだった)にとって、750頁は冗長に過ぎる。この頃には京極小説は「レンガ本」などと呼ばれ、長いことが一つの価値のようになっていた。横溝正史を登場させたり、関口の掌編小説を挿入したりという「サーヴィス」はあるものの、この物語のスケール感なら「姑獲鳥の夏」と同じほど、400頁ぐらいが適当ではないか。そうすればミステリーとして読んでもじゅうぶん傑作になっただろうと思う。
 「邪魅の雫」は、「探偵」榎木津の縁談が次々に破談になるという件と、同時期に起こった連続毒殺事件がつながっていく話。エピソードごとというよりも、視点ごとに章が分かれ、それぞれ全く違う相を見せる。いつになく榎木津が饒舌である。「毒」の背後には「あの男」がいる。本の最後で次回作として「鵼の碑」が予告される。著者はこの頃にはすでに他のシリーズや多彩な作品を発表しており、このシリーズの発表は間遠になっていたとはいえ、それから17年も待たされるとは思わなかった。
 さて、ようやく「鵼の碑」だ。831頁の長さである。「鵼」は、平家物語などに登場する、頭は猿、胴体は狸、尾は蛇、手足は虎という「怪鳥」である。横溝正史の「悪霊島」にも出てきた。映画のキャッチコピー「ぬえの鳴く夜は恐ろしい」を思えている人も多いだろう。妖怪としての鵼については、「陰摩羅鬼」の中で既に京極堂が解説している(読んだばかりなのでよく覚えていた)。さて、作品は「蛇」「虎」「貍(たぬき)」「猨(さる)」「鵺(ぬえ)」のパートに分かれ、それぞれ主体が違う。それが、最後の「鵼」ですべて収斂するという仕掛けだ。「塗仏の宴」と似ているが、それぞれのパートが細かく切られて縺れ合っているので、より複雑である。「消えた村」が出てくるあたりも「塗仏」と似ている。そしてやはり背後に「あの男」の存在がある。今後モリアーティーのようになってゆくのだろうか。
 過去作の登場人物が集結すると何かで読んだので、「京極ワールドの円環を閉じるような作品になる」と前回投稿では予測したが、これはどうやらハズレだった。だが、最後に京極ファンを喜ばせる仕掛けがあった。作中で探偵助手の益田に「うっかり聞き流していた無関係そうな名前が無茶苦茶重要なものだったり」すると言わせていたのだが、これには虚を突かれた。予想とは全く別の方角からだったのだ。
 いずれにせよ、これだけ待たせてきっちり期待に応えるのは大したものだと思う。個人的には、あまり風呂敷を広げ過ぎず、もっと狭い世界での本格謎解き小説を読んでみたい。ない物ねだりだが。

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