2月7日
森永卓郎が亡くなって、驚いたのはSNS等に追悼を寄せた人の多さと多種多様さである。右派の有本香や高須克弥から、政治的発言をする芸能人の中では比較的左派とされるラサール石井や松尾貴史まで、実に様々な人がその死を惜しんでいるのだ。愛されるキャラクターだったのだろう。
デイリースポーツの配信記事によれば、森永は亡くなるわずか前、1月26日に放送された読売テレビ「そこまで言って委員会NP」にリモートで出演し、「ごぶさたしております。『日本の財政が危機的状況』って財務省が言い続けてるんですけど、真っ赤なウソ、なんですね」などと話したという。さらに、「森永さんにとって財務省とは?」という問いに「いやー、○○○○そのものですね」と話したが、「○○」はピー音で消されていた。スタジオの橋下徹弁護士や前明石市長で弁護士の泉房穂らが苦笑いする様子が映っていたという。このピー音で消された部分について、森永の「盟友」で、経済学者の高橋洋一が亡くなる前日の1月27日に森永とラジオで共演した際、彼の口から「『(財務省は)極悪人でカルトだ』って言った」と聞き、これが森永の「遺言」だと思うと述べたとデイリースポーツの記事は書いていた。これを読んで何ともすごい執念だと驚嘆すると同時に、複雑な気持ちになった。
もともと僕はこの人のことを、日曜朝のTBS「がっちりマンデー」に出てくる、やたらにせこい節約術に詳しい、オタクなコメンテーターというくらいの認識しかなかった。それが最近、ボランティアの音訳の関係で「ザイム真理教」「投資依存症」の二冊を続けて読み、彼の考えの一端を知ることになった。
「『日本の財政が危機的状況』だというのは真っ赤なウソだ」というのは、「ザイム真理教」にも書かれていたことである。この本は著者の主張がはじめの方に集中して書かれているのだが、消費税を廃止してその分を国債で賄い、それを日銀に買い取ってもらうべきだというのがその主張だ。森永は、オーストラリアやギリシャを例にとって、いくら財政赤字がかさんでも、ハイパーインフレが起きて経済が大崩壊するような事態は絶対に起こらないという。財務省のキャリア官僚の多くは東大法学部出身で、経済音痴なので、誤った「財政均衡主義」を信じ込んでしまったのだというのだが、それならなぜ、東大経済学部に代表される「経済学会」が財務省の方針に異を唱えないのかが素朴に疑問だ。
もう一冊読んだ「投資依存症」の方では、彼はバブル崩壊が目前に迫っており、間もなく株券は紙くずになるだろうなどと書いている。「日本経済大崩壊」など絶対に起きないという「ザイム真理教」の論調とは微妙に違っているように「経済音痴」の僕には思えてしまう。
ザイム真理教という言葉を発明したのは森永ではない。誰が最初に言い始めたのかは分からないが、ネットに広めたのは自民党の西田昌司参議院議員らしい。西田は安倍派で、安倍元首相に心酔して政治家を志したという人物だ。そして、高橋洋一は安倍元首相のシンパだ。つまり、安倍元総理が偉大だったと言うために、財務省を仮想敵に設定したのだ。安倍元首相に悪の秘密結社=財務省と戦ったヒーローというイメージを与えようとしただけなので、本気で財務省をつぶそうなどとは考えていないだろう。財務省には嫌われ役を続けてほしい筈だからだ。だが、前身の大蔵省時代から財務省に恨み骨髄だった森永は、それにうまく利用されてしまったのではないかと思う。
「ザイム真理教」の後半では、政治家や高級官僚たちの権益が守られ、富裕層が課税を免れるカラクリが説かれている。財務省だけが悪いわけではなく、政権中枢にいる政治家や高級官僚たちは皆同じ穴の狢なのだ。そんなことは森永もわかっていた筈、なのにどうして財務省だけを極悪呼ばわりするのか。僕には森永が「陰謀論」に取り付かれてしまっていたように思えてならない。
「103万円の壁」問題で躍進した国民民主党の玉木代表に不倫問題が発覚すると、森永はすぐにこれを財務省の陰謀だと断言、「財務省に逆らうと、必ずこういう目に遭うんですよ。財務省が玉木さんをつぶしにいったんですね。税務調査が入ったり、スキャンダルを公にされたり、必ずやってくるんですよ」などと述べた。百歩譲ってそれが本当だったとしても、多忙な財務官僚に政治家の身辺調査をしたり、ハニートラップを仕掛けたりなどできるはずがなかろう。それが出来るとしたら内閣情報調査室など別の部署だ。テレビの「相棒」あたりに出て来そうな話である。つまりそれだけとっても「財務省だけが悪」とは言えないことになるだろう。
森永は別の本で、1985年の日航123便事故についても言及している。520人もが犠牲になった大事故だが、森永はこの事故原因に自衛隊が関与しているという。日本政府はそれを隠蔽するためにボーイング社に泥をかぶってもらい、その結果日本はボーイングとアメリカに頭が上がらなくなった。「プラザ合意」が結ばれ、協調介入によって極端な円高がもたらされ、日本の安定成長が失われたのはそのせいだというのだ。こうなるとまるで「トンデモ本」の世界である。
「ザイム真理教」に話を戻すと、森永は大手新聞社をはじめとするメディアもすべて財務省に牛耳られており、こぞって「日本の財政赤字が深刻だ」と国民を「洗脳」しているのだという。だが、一般庶民はともかく経済学者たちまでがそんな「教義」に騙されるはずはなかろう。学問を何だと思っているのだろうか。
陰謀というからには、謀議をめぐらす人物がいる筈なのだがそれが誰かはわからない。隠れているから特定のしようがなく、つまり特定の必要がない。実に便利だ。「アポロ11号の月面着陸はフェイクだった」みたいな壮大な法螺話なら愉快だが、最近は笑って済ませられないようなものが増えている。SNSと親和性が高いのも厄介だ。
森永卓郎は最後まで権力と戦い続けると言っていたそうだが、その権力の正体は一体何だったのだろうか。
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