ライバルは「ショウ君」

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10月17日

録音風景

 緊急事態宣言が解除されたので、ヴォランティアを再開した。主に視覚に障碍がある人のために、本や資料を音読してデジタル録音した、「デイジー図書」を作る活動である。録音自体は在宅でもできるので、本来はコロナと関係なくできる。家で読んで出来上がったものを送ればいいだけだ。それが出来ないのは僕がまだ駆け出しの半人前だからである。
 家で録音したものを「学習会」に持参して、上級者の方に聴いてもらい、ダメ出しをしてもらっている。問題がなくOKとなって初めてCDに焼くのだ。僕は高校で長く国語を教えてきたので、朗読はお手の物の筈だったのだが、音訳は全く別物である。まず、あまり抑揚をつけず、正確に淡々と読むことが求められる。僕は完璧な標準語を使っている自信があったのだが、アクセントには個人の癖もあり、間違えていることも結構ある。そのため、いまやアクセント事典は必携である。
 文字だけではなく、図やグラフ、写真や絵も読まなくてはならず、これらには正解がない。また、読んでいて特に困るのは固有名詞にルビがないこと。人名の場合、特に珍名とかキラキラネームとかでなくても、幾通りかの読みがある場合はルビがないと特定できない。可能な限り調べるが、どうしてもわからない場合は、断りを入れて「推測読み」する。
 デジタルの良いところは、部分的な訂正が簡単にできること。上級者になるといつでも同じコンディションで録音できるので、訂正したことがわからないほど自然なつながりになる。だが、僕の場合は声の高さや声質が前と変わってしまい、うまくつながらないこともしばしばだ。そういう時は泣く泣く段落やセクションを丸ごと読み直すしかない。
 このヴォランティアを始めたばかりの頃、「マルチメディアデイジー」の講習会に参加したことがある。音声デイジーが主として視覚障害をもつ方を対象としているのに対し、こちらは発達障害をもつ児童生徒を主な対象としたもので、一言でいえば音声付きの電子書籍である。音声に合わせ、読んでいるフレーズが、ちょうどカラオケの歌詞のようにハイライト表示されていく。このマルチデイジー作成ソフトには合成音声が搭載されていて、読みこんだテキストを瞬時に音声化することができるのだ。
 この時教材として使用したのは、夏目漱石の「坊ちゃん」であったが、テキストにある「下女(げじょ)」を音声は「しもおんな」と読んでいた。修正するためにはいったん総ルビ表示にして、間違ったところを一つ一つ打ち直していかなければならない。アクセントや間がおかしいところは、発音記号を表示して修正する。結構な手間がかかり、まだ肉声による録音の方に一日の長があると感じた。
 だが、それからもう二年経っている。こうした技術は日進月歩であるから、今は大分改善されているかもしれない。街を歩いていて、合成音声によるアナウンスを聞くことも多いが、昔感じたほどの違和感はなくなっている。
 「ショウ君」をご存じだろうか。テレビ東京系で放送されている「モヤモヤさまぁ~ず」のナレーションを務めているのはアナウンサーでも声優でもなく、「ショウ君」と呼ばれる合成音声ソフトなのである。番組ではあえて違和感を出す演出をしているようだが、もっと普通に流暢にも話せるらしい。この分だと僕が一人前の音訳者になる頃には、音訳者も「用済み」になってしまうのかもしれない。ちょっと切ない。

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