9月29日
9月25日の朝日朝刊の「交論」に「天皇制と憲法1条」と題して、社会学者上野千鶴子と憲法学者西村裕一のインタビューが載った。注目すべきは上野千鶴子の論で、憲法1条を改正して象徴天皇制を廃し、立憲君主制から共和制の国に変えようという提言だった。かなりラジカルな論なので、当然反発するであろう右派等からの反応に注目していたのだが、ほとんど何も聞こえてこない。
同じようなことは前にもあって、2024年の3月13日の朝日に、政治学者の原武史による「象徴天皇制を問い直す」と題する意見記事が載ったことがあった。原は「どう存続させるか、ではなく、そこまでして象徴天皇制を維持する必要性があるのか、議論すべき段階」だ等と主張したのだが、結局大きな話題にはならなかった。
いわゆるネトウヨ(ネット右翼)といわれる人たちは新聞(まして『朝日』)を読まないだろうし、どうやら旗振り役のような人の指示で動いているようだ。その旗振り役が無視を決め込んでいるのであろう。見方を変えれば、朝日新聞の影響力もそれだけ落ちたということかもしれない。
「天皇制は、国民の間に出自によって身分格差を設ける仕組みであり、憲法が定める平等の原則に反しています。権威主義の源泉であり、『家制度』そのものです。民主国家日本の象徴としてふさわしい制度では」なく、「男尊女卑の家父長制の権化です。天皇制における家父長制は、明治期に強化されたものでした。まさに性差別的な制度です」という上野の意見に、僕は全面的に同意するが、今さら感がぬぐえない。二十年前、いや、三十年前ならばもっとまともな議論になっただろうにと思う。
上野はこれまで同種の発言をしてこなかった理由として、「天皇制への関心が薄れ、いつか制度としてフェードアウトしていけばいいと、長年思ってきた」からだと言うが、これは見通しが甘かったと思う。一方、右派はその間に着々と布石を打っていたのだ。
これも前にも書いたことだが、バブル崩壊後に企業をリストラされたお父さんたちを集めて、「あなたたちは悪くない、日本を悪くしたのは『日教組』と『朝日新聞』です」などというトンデモ言説を振りまく人たちが現れた。本来為政者や財界に向かうべき不満を、そらすことが目的だったのだろう。その教えを受けた人たちが後の「ネトウヨ」になっていった。当初は文字通り2ちゃんねるなどの閉ざされたネット空間に棲息しているだけだったのだが、近年のSNSの爆発的な普及により、今や奔流のように社会を覆っているのである。
上野によれば、今回の意見を雑誌「世界」に発表後、「天皇制が国民統合に果たしている機能を軽視している」という批判が、右派のみならず左派からも来たという。上野は「それは愚民説だと思います。『天皇あっての日本であり、国民の力だけでは日本は立ちゆかない』と国民を見下す意見だからです」と言う。
国の存続のために天皇の存在が必要だ、という感覚が僕にはまず理解できない。国とは、(オオヤケと言ってもいいが、)単なる「制度」に過ぎず、国民との関係は対等であるべきだと思っている。
思うに、「国家」という言葉が全ての誤解の元なのではないだろうか。「国家」は「STATE」の訳語だが、元の「STATE」には「家」に相当するような概念は含まれていない。国を「家」になぞらえるから家父長たる天皇が必要になるのだ。「家制度」は戦後廃止されたはずだが、今も社会に根強く残っている。これをなくさない限り、この国はいつまでも前近代のままだ。


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