「歌麿 夢と知りせば」

音楽、絵画、ドラマ

9月7日

 実相寺昭雄の「歌麿 夢と知りせば」が無性に見たくなった。だいぶ前、チャンネルnecoで放映していたのを録画した記憶があった。当時はまだVHSだった、二時間を超えるので三倍速だった、元の映像もかなり荒れていたなどといろいろ思い出してきたが、肝心のテープが見つからない。見られないとなるといよいよ見たくなるもので、アマゾンでDVDを注文した。中古のDVDが2万円近く。昔なら絶対に買わなかった値段だ。
 この欄ではこれまで、僕が偏愛する本や音楽などをいろいろ紹介してきた。十代の頃最も好きだった映像作家(当時そんな言い方はあまりしなかったが)は間違いなく実相寺昭雄だ。今はネットでいくらでも情報が取れるが、この映画が公開された頃に僕が彼について知っていることはそれほど多くなかった。
 以前も書いたが、円谷の特撮シリーズは作品ごとのばらつきが大きく、駄作と思えるものも多い。常に期待を裏切らず、映像で驚かせてくれるのが実相寺だった。中でも僕が好きなのは、ウルトラマン「故郷は地球」、セブン「円盤が来た」、怪奇大作戦「京都買います」等々。栗塚旭主演の時代劇「風」を家族で見ていると、明らかに普段とカメラワークが違う回があり、エンドロールで確認するとやはり実相寺の演出だった。その作品「走れ!新十郎」は内容もちょっとメルヘンがかっており、時代劇版「ローマの休日」といった趣。何より町屋の映像が詩的で美しく、白黒なのが残念なほどだった。あとはシルバー仮面の1・2話も見た。画面が極端に暗く、ただならぬ雰囲気だけが伝わってくる作品だったが…。
 「歌麿」より前に、実相寺は大島渚脚本による短編「宵闇せまれば」、「無常」「曼陀羅」「哥」のATG三部作、さらには中世の闇を描いた異色作「あさき夢みし」と、計五本の映画を撮っていたのだが、僕がそれらを見るのはもっとずっと後のことになる。
 劇場で「歌麿」を見た時は中学生だったとずっと思いこんでいたのだが、77年なので高校一年だったようだ。「制限付き®」指定だったので、保護者同伴でなくては見られず、大学生の兄と一緒に行った。見始めてしばらくして僕の体に異変が起こった。女性のヌードや性交場面が当時の僕には刺激が強すぎたのか、痛いくらい勃起してしまったのだ。隣にいる兄にそれを気取られまいと必死だったのを覚えている。だが、それさえ除けば、ひたすら夢のように美しい映画だった。その数年後、名画座でリバイバル上映を見たが、フィルムはひどく傷んでおり、不可解な編集がなされて映像と音がずれてしまっているところもあるという、かなり残念なものだった。
 届いたDVDのパッケージには、「オリジナルの『成人映画』版」とあり、劇場公開版よりも15分も長くなっている。撮影監督を務めた中堀正夫監修の下にリマスターを行ったとも書かれており、それなら期待が出来る。この映画はイーストマンコダック社の当時最高品位のフィルムを使ったといい、スクリーンで見た時には、泥水まで美しいと感じたものだった。DVDではさすがにそこまでの感動はないが、色調はかなり再現されているようだ。
 140分を一気に見て、改めてこれは傑作だと思った。残念な点もある。何といっても性的表現が過剰なこと。「愚行権」ということを「シン・ウルトラマン」の回にも書いたが、個人では許されても不特定多数に見せればセクハラになる。成人映画にセクハラもないと思うかも知れないが、随所にある過剰な性暴力描写は今日的にはやはりNGだろう。歌麿(岸田森)が浮浪者を家に引き入れて妻を犯させるエピソードなどにも眉を顰めざるを得ない。
 この映画にはワイドショーのように様々な要素をぶち込んだと、当時実相寺は語っていた。セルフパロディの要素もあり、「風」ではルパンの銭形警部のようなドジだが憎めない同心役だった小林昭二が、ここでは俗物まるだしの悪徳同心(後では与力に出世)になっている。怪盗夢の浮橋にまつわる副筋は荒唐無稽で、難解なところは何もないが、演じる平幹二朗は何とも艶で、ため息が出るほど格好いい。これは徹頭徹尾「夢」の映画なのだ。結局実相寺は、ただただ夢のように美しい映像を紡ぎたいだけだったのではないかと思わされる。「無常」三部作の思想性は脚本の石堂淑朗によるところが大きい。前述の「風」でも石堂が書いて実相寺が演出した「誰がための仇討ち」は陰陰滅滅たる話だった。
 日本ヘラルド映画の製作第一回作品として、当時としては破格の2億円という制作費を惜しみなく使ってやりたい放題した挙句、興行成績は上がらなかった。おそらくそのせいで実相寺は、この後10年以上新作が作れなかった。だが、「帝都物語」以降も、これを上回る作品は作っていないと思う。逆に、後の作品のすべてがこの中にある。この映画の、岸田森と岸田今日子の「町屋めぐり」のシーンの美しさと言ったら…。広瀬量平の音楽も素晴らしい。是非4Kリマスターでブルーレイ化してほしい。

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