目のはなし② 白内障手術のてんまつ

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9月2日

 8月30日、「老人性」白内障の手術を受けた。その三日前から、手術する右目の細菌繁殖を抑えるために、自宅で一日四回の点眼を開始。僕は目薬を点すのがどうにも苦手だ。刺激性のある売薬と違い、処方薬の目薬は本当に点せているのか心許ない。
 手術当日は一時半にクリニック着。待合室で時間をおいて三回、散瞳剤を点眼され、間に二回、持参した目薬を点される。
 一時間後、いよいよ手術室へ。金属製のものを身に着けていてはいけないとのことで、腕時計とベルトを外し、上半身のみ術衣に着替える。まず、氏名とどちらの目を手術するかを確認される。歯医者の椅子のような電動式の寝椅子に横たえられ、両足を拘束される。右手の先に電極を付けられ、左の上膊部には血圧測定の腕帯を巻かれる。目の部分だけが開いた布をかぶせられ、まぶたが閉じないようにテープで固定される。
 麻酔は点眼麻酔ということだが、何度となく注入された液体のどれがそうなのかよくわからない。もちろん殺菌剤もあったろうし、ずっと目を開けたままなので、表面が乾かないように 人工涙液のようなものも注入されたに違いない。とにかく何度も何度も液体が注入される。「最初は眩しいですが、すぐに慣れます」と言われ目に光が当てられる。ウルトラセブンに出てくるメディカルセンターみたいな感じ。心拍を表すパルス音が響き渡り、時折上膊部が締め付けられる。医師からは時々、「暗くなります」とか「下を見てください」などの解説や指示。一度だけ、「あまりきょろきょろしないでください」と叱られた。そのうち、「三つの光の真ん中あたりを見ていて下さい」と指示があり、言われてみれば三つの楕円形の光が見えた。
 外国製の装置なのだろう、ハスキーな女性の声で英語のアナウンスが何度か流れ、そのうちに何とも形容しようのない不気味な音がし始めた。京急1000系のシーメンス社製、通称ドレミファインバータの音、あれをもっと不協で不気味にしたような音だ。あとから思うに、水晶体を超音波で粉砕して吸引する装置が立てている音なのだろう。痛くはないのだが、何をされているのか全く分からない。時間の流れもわからないが、思ったより長くかかっているよう。後で医師に聞いたところ、癒着した濁りを袋が破けないように慎重に引きはがすため、予定以上に時間がかかったとのこと。ふと、看護師が僕の名を呼んだように思ったので返事をするとみんな笑った。挿入する眼内レンズの確認のために名前を読んだだけだったらしい。その後どれくらい経ったのか、「あと、軟膏を注入して終わりです」。
 ガーゼがかぶせられ、眼帯を巻かれ、拘束を解かれた。看護師に支えられて隣室に行き、血圧を測られた。155/100とのこと(普段は120/80くらいなのだが)。よほど緊張していたのだろう。
 誤算だったのは眼帯、もっとスマートなものかと思っていたのだ。予備知識なしに夜道でこれにすれ違った人はさぞ驚くだろう。第一これでは眼鏡がかけられない。念のため妻に車で迎えに来てもらうことにしていてよかった。
 結局この日は本も読まず、TVを見る気力もなく、10時ぐらいには寝てしまった。痛み止めの頓服を貰っていたが、その必要はなかった。
 翌日は9時20分にクリニックに行く。僕以外に昨日手術を受けた男性二人も来ている。眼帯を外され、「しばらくは軟膏が残っているので、視界が安定しません」と言われる。確かに何だかゆらゆらモヤモヤして見える。
 落ち着いてからまず検査、術前は眼鏡をかけて0.2しかなかった右目の視力が、裸眼で0.3、矯正で1.0まで回復している。
 待合室に戻って眼鏡をかけ、持参した文庫本を見ると、なぜか活字が浮き上がって立体的に見えるのに驚いた。素人考えだが、これまで左目の視力のみに頼っていたのが、急に右目が復活したため、過度に立体視してしまったのかもしれない。これは数時間で治まった。
 また散瞳剤を入れられ、写真を撮って状態をチェックする。良好とのこと。あとはしばらく化膿止めの抗生剤を飲み、点眼治療を続けることになる。
 帰宅後落ち着いたところで、異変に気付くきっかけになった3Dアートを見てみると、難なく立体視出来た。また、ネット記事では、ほとんどの場合手術後には眼鏡の度が合わなくなるとあったのだが、全く問題なく、むしろ以前よりよく見えているくらい。白い紗幕のようなもやもやがなくなっただけでもうれしい。
 ところで、以前から不思議に思っていたことに「なぜ人の目は色収差を起こさないのか」というのがある。色収差とは、光の屈折率が色によって違うために、像の端などで色がズレて滲んでしまう現象だ。望遠鏡や写真カメラは複数のレンズを組み合わせることでこの色ズレを補正しているが、人間の水晶体は単一のレンズだから色ズレが起きないはずがないのだ。だが、実際に人の目でも色収差は起こっていて、脳がそれを補正しているらしい。新しい眼内レンズの像の補正にも、脳が活躍しているのだろう。
 さて、今回は3割負担で、手術そのものの費用が39,290円。術前検査と術後の診察、処方薬の代金を足した総費用は5万円弱だった。

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