ビーナスラインとグライダー

旅、人物

8月7日 

 もう二十年以上、八月の初めに長野県の蓼科を訪れている。この辺りは若い頃から何かと縁のある土地で、最初は高校時代の美術部合宿で、確か白樺湖畔のバンガローだった。その後は二十代で勤めた学校の寮が入笠山の麓にあったため、生徒を引率してよく来た。
 蓼科に毎年出かけるようになってからは、八ヶ岳山麓の清里や野辺山、諏訪湖周辺、時には松本や安曇野まで足を伸ばして付近の観光スポットはほぼ行き尽くした。最近はもう殆ど遠出はしないが、天気のいい日を選んでビーナスラインをドライヴする。ビーナスラインは茅野市から白樺湖や車山、霧ケ峰や八島湿原、和田峠等を経て美ヶ原までをつなぐ道路である。僕が走り始めた最初の頃はまだ有料区間が多く、全線を走ると結構な出費だったのだが、その後すべて無料になった。
 走るたび、よくもまあこんな道路を作ったものだと思う。建設反対運動については新田次郎の「霧の子孫たち」に詳しいが、その結果最悪の自然破壊は回避したにせよ、この道自体が大変な環境破壊であることは否定出来ないだろう。罪悪感を覚えつつもやはりまた走りたくなってしまう。それほど魅力のある道なのだ。
 白樺湖と霧ヶ峰の間が特にいい。空が広く、適度な起伏とワインディング。こんな場所を僕は他に知らない。ニッコウキスゲの花時は過ぎているが、たまたま花が遅い年だったのだろう、一度だけ満開に出逢ったことがあった。車山高原の斜面が文字通りオレンジ一色に染まっていた。


 今年は霧ヶ峰でグライダーに会った。虎落笛のような音に驚いて見上げると、牽引されたグライダーが空高く昇っていた。落下傘をつけた綱が切り離されると、後は自在に旋回を繰り返す。滑空とはよく言ったもので、グライダーから見る眺望はまた格別だろう。高過ぎないのが良い。グライダーの周りには鳥影も見えた。
 宮崎駿アニメの最大の魅力は「飛翔感覚」なのだと勝手に思っている。鳥の視点といえば、アラン・パーカー監督の「バーディー」も大好きだった(ベトナム戦争で心を病んでしまった青年の物語。もうずいぶん古い映画になってしまった。思えばこの映画の頃はPTSDという概念もまだほとんど知られていなかったのだ)。空への憧れといえば山上路夫・村井邦彦コンビの名曲「翼をください」が有名だが、この二人にはこれに先行する「つばさ」という曲もある。タイガースを脱退した加橋かつみの伝説のアルバム「パリ 1969」の収録曲で、三連の所謂スローロックのリズムを使った曲だが、これが実に良いのである。
 …などということを考えていたわけではなく、ただただ呆けたように次々と舞い上がっては旋回し、着陸を繰り返すさまを眺めていたのだった。実際に乗ってみたいとは全く思わない。実のところ僕は飛行機が大の苦手なので。

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