うでたまご

詩、ことば、文学

12月12日

 冷蔵庫の中の卵が(生での)賞味期限を過ぎてしまっていたのでまとめて茹でた。その時ふと、「子どもの頃は『うでたまご』といっていたなあ」と思った。両親や周りの大人たちが普通に使う言葉だった。母は、ほうれん草や枝豆も「うでる」と言っていた。
 この「うでる」というのは方言というわけではなく、普通に辞書に載る言葉である。日本語によくある音韻の交替や揺れに伴うものだ。「うでる」と同根の言葉に「うだる」があるが、これは今も「うだるような暑さ」等と使っている。反対に「ゆだるような暑さ」とはあまり聞かない。
 音韻の交替でよく知られているのは、バ行音とマ行音の交替である。「煙(けむり)」「燈す(ともす)」は古くは、「けぶり」「とぼす」だった。目を「つぶる」と「つむる」、「さびしい」と「さみしい」などは今なお揺れている例である。「さびしい」と「さみしい」の場合は後者の方が詩的な表現に使われやすいということもあるようだ。

 僕は天邪鬼なので、人があまり使わない方の言葉を使いたい。自作の詩の中でも、

「日盛りに空は暗く、おどんだ空気が垂れ込めて、――その上を飛行機が、蜜蜂のような羽音をたてて飛んでいる(「日盛り」)」

「山の辺の空に/弓をさかしまにして/夜半(よわ)の月が昇る(戯歌)」

「――私と寝たい/あいまいに頷いて僕は女に近づいた/女の手が僕の頭をなぜた(ジュ・トゥ・ヴ)」(すべて拙著「詩集 物語/世界」所収)

等と使っている。念のため一応解説すると、「おどむ→よどむ」「さかしま→さかさま」「なぜる→なでる」である。こういう言葉が消えていってしまうのは惜しい。
 それにしても、「うでる」は劇的に消えてしまった。こんなに消えてしまった例は他には「ビールス」ぐらいしか思いつかない。今でいう「ウイルス」のことである。
 僕が若い頃には、「ウイルス」という言い方もあるにはあったが、圧倒的に「ビールス」の方が優勢であった。ジェニファー・ビールスという女優が出た時、日本では印象が悪い名前だと思ったものだ。
 「ウイルス」の方が原音に近いとも言い切れない。英語なら「ヴァイラス」である。「日本ウイルス学会」が出来たのは1953年だそうだから、それですぐにビールスに取って代わったわけでもない。80年代に入り、「HIV」を「エイズウイルス」と訳したことが大きかったのだろうか。さらには「コンピューター・ウイルス」という言葉ができた影響もあるのかもしれない。
 僕はひそかに、全国的に「うでたまご」が駆逐されてしまったのには「キン肉マン」という漫画が大流行したことが一役買っているかもしれないと思っている。この作者(ユニット)の名前が「ゆでたまご」だからである。もちろんこんな珍説、到底証明はできないだろうが。

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