「日暮し」を知っていますか

音楽、絵画、ドラマ

11月16日

 初めて見た映画の話の次は、初めて買ったLPレコードの話。僕が自分の小遣いをためて初めてLPを買ったのは中1の時で、日暮しの「街風季節」というアルバムだった。
 この日暮しというグループは、その前年の1973年、僕が小6の時に「まちぼうけ~佐渡を恋うる詩」という曲でデビューした。それほど注目されていたわけではないが、七歳年上の兄が「新譜ジャーナル」や「Guts」といった音楽雑誌をよく買っていたから、それで見たのだろう。記事にはメンバーの武田清一が、初代RCサクセションのリーダーだったと書いてあった記憶があるのだが、そもそも当時の僕はRCサクセションを知らなかった(この記事自体も正確ではなく、武田はRCの前身にあたるリメインダーズ・オブ・ザ・クローバーのメンバーだったというのが正しいようだ)。
 兄が買って来たレコードを聴いた。ヴォーカルの女性の声がとても個性的で、聴いたことのない声だった(その後半世紀、彼女のような声を聴いたことがない)。「まちぼうけ」はこの頃のフォークシーンに確かにあった日本回帰路線に乗ったような曲で、僕はB面の「春が来たら」の方が好きだった。その後も、FMなどで紹介されるたびに注目していた。アルバム「日暮し2」の収録曲の「花一輪」「雪がどんどん」等も好きだったが、ある日たまたまラジオでかかっていた「風の音を聞きたい」という曲を聞いてすっかりやられてしまった。なけなしのお小遣いを握りしめてレコード屋に走り、その曲が収録されている「街風季節」を買ったのである。
 日暮しの三枚目のアルバムである。「風の音…」以外にもいい曲が多く、深町純アレンジの「あなたは何処にいるんですか」、松本隆が詞を提供した「心の絃をふるわせて」等、小遣いをはたいた甲斐はあった。このアルバムからプロデューサーとして星勝(元モップス、井上陽水のアレンジでも有名)が参加している。星勝はこの後、解散までずっと日暮しのプロデュースと編曲をしている。
 この3年ほど後、「い・に・し・え」という曲がスマッシュヒットして、TVにもぼつぼつ出るようになった。「スター大運動会」みたいな番組に出ていたのを見たことがあるが、まるで場違いでちょっとかわいそうに感じた。「秋の扉」という曲はセシルチョコレートのCMソングになったりもしたのだがそこまでは売れず、結局1979年に解散してしまった。
 「街風季節」の時だけ、野間義男が加わって4人だったが、基本的には、ヴォーカルの榊原尚美に、武田清一、中村幸雄の3人。女声+2の編成は、後のドリカムやいきものがかりを思わせるが、この両グループとの違いはほとんどの曲に男性二人のコーラスが入るし、それぞれがソロを取る曲もあるということ。中村もいい声をしている。しかし、圧倒的に素晴らしいのが榊原の歌声だ。こればかりは実際聞いてもらうしかない。
 音楽性という意味でも、頭抜けていたと思う。なぜこんなに彼らの曲に惹かれるのか、当時の僕はちゃんとは分かっていなかった。兄の解説によると、メジャーセブンスなど、コードの使い方がキモだということだった。
 葉加瀬太郎が、TVでヨーロッパの大作曲家を日本の現代のアーティストに例えて説明した時に、ドビュッシーには小田和正を配していた。理由はこのメジャーセブンスコードを効果的に使ったからというのだ。また、スージー鈴木がメジャーセブンスコードの使い手として、80年代の山下達郎を挙げているのを何かで読んだ記憶もある。だが、彼らより前に日暮しは、メジャーセブンスを多用したお洒落な曲作りをしていた。武田清一は詞もいいのだが、松本隆ほど洗練されておらず、どこか泥臭さが残る。その泥臭さと洒落たサウンドが融合して、一種独特な魅力を生んでいるのだ。長らくCD化されていなかったが、今ではほとんどの曲を聴くことが出来る。初期アルバムは玉石混交だが、インヴィテーションに移籍してからの二枚は傑作ぞろいである。一曲だけ挙げるとすれば、「ありふれた出来事」に収録されている「日傘」が好きだ。よくある叙情フォークみたいな出だしから、途中で大きく変貌する。このグループの曲を聴いたことがない人は、騙されたと思って是非一度聴いてみてほしいと思う。

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