ガロ「憶えているかい」

音楽、絵画、ドラマ

3月12日

 ガロと言えば、1970年代の初め、(最近ではソフトロックなどと呼ばれているようだが)それまでのフォークとは一線を画した都会的なサウンドと、洗練されたルックスで圧倒的な人気を誇ったグループであった。代表曲は「学生街の喫茶店」だが、すぎやまこういち作曲のこの曲は、名曲であることは疑いないが、彼らのナンバーの中ではかなり異質だ。まるでバロック音楽みたいなAメロや、間奏の印象的なコールアングレの旋律など、他の曲とは全く雰囲気が異なる。
 僕(1961年生まれ)は7歳年上の兄の影響でデビュー以来彼らを知っていたけれど、僕より少し上の世代にコアなファンが多い。昔、同僚たちとカラオケに行った時、まさにそういう世代の人が、「美しすぎて」や「一枚の楽譜」を歌ったのでびっくりした覚えがある。
 ガロは、堀内護(マーク)、日高富明(トミー)、大野真澄(ボーカル)の三人組。彼らを世に出したのは、作曲家であると同時にアルファ・グループの創始者である村井邦彦だ。すぎやまこういちが自分のラジオ番組の中で、よく彼を「青年実業家」と呼んでいた。後にはユーミンを見出したことでも知られる。その村井がミッキーカーチスらと立ち上げたマッシュルームレーベルから、アルバム「GARO」でデビュー。このアルバムは全曲がメンバーのオリジナル曲で、デビューシングルの「たんぽぽ」の作曲はマーク(堀内)。次いでシングルカットされた「地球はメリーゴーランド」はトミー(日高)の曲だ。この「地球は…」はパイロット万年筆のCMソングにもなった曲。ガロの音楽性はマークがリードしていた印象があるが、森山良子に提供した「旅立ち」など、トミーもいい曲を残している。36歳で早世したのが惜しまれる。
 これらの曲は、一部で高い評価を得たがヒットには至らなかった。レーベルを維持するためにもヒットが必要ということで、セカンドアルバム「GARO2」は一転して、プロ作家による5曲と洋楽のカバーという構成になる。5曲の内訳は、村井が2曲、すぎやまが2曲、あと一曲はガロがバックを務めていたかまやつひろしの「四つ葉のクローバー」のカバーで、この中から村井作曲の「美しすぎて」がシングルカットされた。この曲はアルバムとシングルでアレンジが違うのだが、シングルの飯吉馨アレンジが良い。この曲を初めて聴いた時、日本人にもこんな素敵な曲が作れるのかと感動したものだ。だがこの曲もそれほど売れなかった。4枚目シングルはマーク作曲の「涙はいらない」だったが、この頃「美しすぎて」のB面だった「学生街…」が有線放送でヒットし始め、AB面を入れ替えて再リリースしたところ、爆発的な大ヒットとなったため、「涙は…」の方は陰に隠れてしまった。マークやトミーは当時から「学生街」が「好きじゃない」と公言していた。自分たちの曲が売れないことへの無念もあっただろう。
 そのマークも2014年に亡くなり、近年ではボーカル(大野)だけが、昭和ポップスの回顧番組などによく出ている。以前そういう番組の一つで、アルフィーの坂崎と高見沢が、ガロの「散歩」を演奏したことがあった。その時、二人が「大野さんが参加していない曲」というと大野は、「ああ、あの4曲」と言って笑っていた。
 「あの4曲」とは何か。「学生街」のヒットで人気絶頂の頃、大野が十二指腸潰瘍で入院し、一時的に二人だけで活動していた時期があったのだ。大野抜きで録音された曲が4曲あり、それがすぎやま作曲の「君の誕生日」「君の肖像」村井作曲の「散歩」「憶えているかい」である。すぎやまは自分がMCを務めるラジオ番組「サウンド・イン・ナウ」で、まだ発表されていないこの4曲を紹介し、次のシングルはこの中から人気投票で決めると言った。本当にその結果かどうかは分からないが、「学生街」の次のシングルは「君の誕生日」になり、この曲もオリコン一位になった。
 だが、僕がこの4曲のうちで一番好きだったのが「美しすぎて」と同じ、山上路夫作詞、村井邦彦作曲の「憶えているかい」という曲なのだ。「美しすぎて」以上の衝撃を受けた。こんなに洒落たメロウな曲はこの頃の日本にはなかった。メロディーメーカー村井邦彦の真骨頂と言っていい曲だと思う。この曲は後に「GARO4」に収録され、「一枚の楽譜」のB面にもなるのだが、もし「君の誕生日」の代わりに、この曲が選ばれていたら音楽シーンが変わっていたかもしれない。

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