気になる言葉「不倫」

詩、ことば、文学

6月17日

 今や五才児でも知っている(?)「フリン」だが、僕がこの言葉を初めて知ったのは多分大学卒業よりも後だと思う。勿論、打消しの助字「不」に倫理の「倫」だから、字面さえ見れば「道徳に反すること」だくらいはわかる。が、そんな言葉を見たり聞いたりしたことがそれまでなかったのだ。試しに1981年初版発行の「小学館国語大辞典」で「不倫」を引くと、「(形動)人の道にそむくこと。不道徳であること。」と、極めてあっさりした語釈が載っている。この後、多くの辞書が「特に男女関係に用いられる」という注記を付け加えた。個性的な語釈で一部にファンが多い(僕は大嫌いだが)三省堂の「新明解国語辞典」(僕の手元にあるのは第五版)には「男女が越えてはならない一線を越えて関係を持つこと」と書いている。
 ここまでを整理すると、まず(形動)というのは形容動詞のことで、「不倫だ・不倫な」等という形容動詞の語幹であることを示している。つまり「不倫な行い」のように使われるということだ。それが1980年代、「金曜日の妻たちへ(金妻)」シリーズという、既婚の男女の恋愛を描くTVドラマが社会現象というほどのヒットをしたことをきっかけに(もちろんそれだけではないが)、男女の間を指す言葉に変わった。今では形容動詞の用法はほぼなく、もっぱら名詞として使われている。「配偶者がいるにもかかわらずそれ以外の相手と性的関係を持つこと」と「配偶者がいる相手と性的関係を持つこと」を不倫と言っているようだ。最近も有名俳優が不倫報道で「無期限活動停止」に追い込まれた。週刊誌等は「ダブル不倫」と書き立てている。双方に配偶者がいるから「ダブル」というらしいが、その場合、より深刻になるということなのだろうか、そのあたり僕にはどうもよくわからない。
 インターネットを検索していると、Q&Aのサイトで「不倫はいつから悪になったのでしょうか」という問いを見つけた。「ベストアンサー」とされていたのは、女性の社会進出が進んだ1980年代ごろからとする無難な答えだったが、「江戸時代には不義密通は見つけたら2つに重ねて4つに切ることが出来た」「戦前は姦通罪があった」というものから、「刑法上の罪に問われるわけではないから、今も決して悪とは言えない」まで、実に様々な答えがあって面白かった。問いとかみ合っているかは別にして、それなりに真理がある。
 「姦通罪」は夫のある女性が夫以外の男性と性交することで成立する犯罪である。男性の側は妻があっても、相手が夫のある女性でなければ罰せられないので、安心して(?)妾を持つことが出来たわけだ。戦後、この姦通罪は男女平等に反するとして廃止されたが、その際、廃止でなく、男女双方を罰するようにするべきという意見も根強かった。もしそうなっていたら、法的にも不倫は悪になっていただろう。この「姦通罪の廃止」は大岡昇平の名作「武蔵野夫人」のモチーフにもなっている。
 それにしても、昨今の社会を挙げての不倫バッシングはちょっと異常な気がする。「新明解」がもっともらしくいう「越えてはいけない一線」とは、結局「婚姻制度」でしかないわけで、この制度が破綻することをみんなそれほど恐れているのだろうか。それともこれも最近よく聞く「社会の不寛容」の一端に過ぎないのだろうか。
 先日、たまたま「ラストマン」というTVの刑事ドラマを見たのだが、その回は「有名俳優が犯していない殺人を自白する」という話だった。彼はおしどり夫婦として知られていたのだが、実は共演女優と不倫をしていて、そのことで真犯人から脅迫されていたのだ。「不倫が明るみに出て社会的に抹殺されるより、同情の余地のある殺人犯の方が将来復活できる可能性がある」という。見ていて「なんじゃそりゃ」と思ったのだが、今の日本はそういう社会になってきているのかもしれない。
 今回俳優の不倫を暴いた週刊誌は、続報として当事者たちの私信なども暴露しているという。数年前に「ゲス不倫」なる流行語を作った社だが、こういう報道姿勢の方がよほど「下衆の極み」であるように、僕には思えるのだけれど。

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