「溝ノ口」か「溝の口」か「溝口」か?

詩、ことば、文学

6月27日

 音訳を始めてから、地名や人名などの固有名詞が以前より気になるようになった。難読の地名や人名、所謂キラキラネームなどよりも、ありふれた文字で読み方が幾通りもあるものの方が厄介だ。地名だと、「町」はマチかチョウか、「山」はヤマかサンかで困ることがある。人名と違って地名は調べればわからないことはまずないが、面倒なことには変わりない。「小川町」はマチで「淡路町」はチョウなど、接続する駅でも読み方が違うこともあり、そこには法則性も一貫性もない。
 それとは違うが、同名なのに表記が違うということもよくある。我が家の近くに「みぞのくち」という場所があるが、JR南武線の駅は「武蔵溝口」、東急線の駅は「溝口」である。南武線のこの辺りは旧国名の武蔵を冠した駅名が続くのだが、注目してほしいのは「ノ」と「の」の表記の違いである。さらにこの辺りの地番(住所)は「溝口」である。江戸時代には武州橘樹郡溝口村だった所で、鎮守も溝口神社なのだが、「溝口」を予備知識なしに「みぞのくち」と読むのは難しいと思われる。…何が言いたいのかというと、「の」と発音される部分について、カタカナ・ひらがな・無表記の三通りの書き方が存在するということだ。
 似た例で有名なのは東京の「おちゃのみず」で、この場合は「お」を「御」と「お」、「の」を「ノ」と「の」と書くパターンがある。駅名はJR、地下鉄ともに「御茶ノ水」だが、地図で見る限り交差点名は「お茶の水」だ。「おちゃのみず」という住所自体は存在しないのだが、この辺りの施設名等の表記には両者が混在している。「お茶ノ水」は見たことがないが、「御茶の水」もある。「の」に「乃」という字を使ったものも昔見た記憶がある。
 昔、四ツ谷駅までの経路を検索した時、該当なしと出たのでよく見ると「四谷」で調べていたということがあった。PCで「よつや」と打つと「四谷」が優先表示されるのでそのままにしていたのである。駅は「四ツ谷」だが、周辺の住所は「四谷」なのだ。お隣の市ヶ谷も、駅は「市ヶ谷」だが住所は「市谷~」だ。同じ中央線では阿佐ヶ谷駅周辺の住所は「阿佐谷~」だが、千駄ヶ谷駅の場合は周辺の地番も「千駄ヶ谷」である。
 これらの「ヶ」=「が」は、文法的に言えば連体修飾格の助詞である。つまり「の」と同じなのだ。「ヶ」はカタカナの「ケ」とは違い、「箇」という漢字の略字である「个」が変形したものとされる。この字(?)は数を数える際に使う、「一カ年・一コ」の「カ」又は「コ」の意味で使われていた。それが「三ヶ日(さんがにち)」等の使い方から連想されて、連体修飾格の助詞「が」の代わりに使われるようになったのだという。だが、今では千葉県鎌ケ谷市のように大文字の「ケ」を使うと条例で定めているところもある。こうなると少なくとも見た目ではカタカナの「ケ」と区別することはできない。
 さて、「じゆうがおか」は、駅名も住居表示も「自由が丘」で、「ヶ」を用いていない。なぜかと言えば1965年に地番変更で「自由ヶ丘」→「自由が丘」になり、駅名もそれに合わせて変えたのだという。どういう事情で変更したのかも今となってはよくわからない。東急電鉄はその後、「緑ヶ丘」「久ヶ原」「雪ヶ谷大塚」の駅名も「緑が丘」「久が原」「雪が谷大塚」に変えた。前述した「溝の口」駅も、その頃「溝ノ口」から変更しているのである。東急電鉄はどうやら「ノ」や「ガ」をひらがな表記に統一する方針にしたようで、その後の新設駅でも「梶が谷」「市が尾」「藤が丘」等としている。住居表示等は駅名に合わせているところもあれば、変わっていないところもある。自由が丘の場合でも、地名の由来となった「自由ヶ丘学園」は校名を変えていないこともあり、「自由ヶ丘」と表記しているものも今なお多く、つまりは雑多なのである。
 日本語の、こういうよくわからない煩雑さが、僕は嫌いではないのだが、なんと言っても面倒ではある。統一したルールをを決めた方が良いと思うのだが…。

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