気になる言葉「ふと」

詩、ことば、文学

5月18日

 この「ふと」は、副詞の「ふと」。「ふと空を見上げた」「ふとした瞬間」などと使われる「ふと」である。広辞苑(七版)によれば、

「(「不図」は当て字)➀たちまち。急に。(用例略)②たやすく。すばやく。(用例略)③急に思いついて。ひょっと。(用例略)④何かの拍子に。偶然。不意に。(用例略)」

と説明されている。現代ではほとんど、④の用法で使われている。
 「と」の部分を「きらきらと」「にこにこと」等と同じ「と」と考えると、意味は実質「ふ」の部分だけにあることになる。「ふ」にそんな意味があるだろうか。
 ネットでは「ふと」に「仏図」とか「仏意」などを当て、「神仏からのメッセージを感じること」等と説明しているものも見かけるが、さすがにこれはこじつけだと思う。 
 広辞苑はわざわざ「当て字」と説明していたが、「不図」=「図(はか)らず」=「前もって用意、予期などせずに」というのは,④はもちろん、①~③の意味すべてに当てはまる。これが当て字なら最初に考えた人は天才だと思う。
 当て字の傑作とされる「クラブ」「俱楽部=俱(とも)に楽しむ部」は、外来語だし、読み方には少し無理がある気もする。一方こちらは生粋の日本語である。音と意味がここまで一致しているのは偶然なのだろうか。
 古文書では「ふと」は「不図」の他、「不斗」と表記されることもある。僕がこの言葉を気にし始めたのは、実は古文書でこの「不斗」にぶつかったからなのだ。
 「斗」という字は、「一斗樽」等で使われる容積の単位(約18リットル)の他、「ひしゃく」とそこから派生した「北斗七星(おおぐま座)」「南斗六星(いて座)」のように、ひしゃくの形をした星の並びを意味する。この場合の読みは「と」である。だが、古文書では、「計」という字のくずしも「斗」と全く同じ形になる。この場合は「ごんべん」の部分が点二つになって、「つくり」の「十」の上に乗っている形なのだ。「斗」なのか「計」のくずしなのかは、見た目では判断できず、文脈で判断するしかないのである。「不斗(ふと)」と読めば副詞、「不計」なら下から返って「はからず」となる。くしくも「不図」と同じ読みであり、意味も同じだ。これもまた偶然なのだろうか。
 先程の広辞苑の説明では用例は省略したが、いずれも平安時代のものなので、「ふと」はかなり古い言葉である。となるとやはり「不図」「不斗」は当て字だろうか。「ふ」という音で「軽さ」や「速さ」を表現した擬態語(オノマトペ)と考えればよいのだろう。だが一方で、僕としては漢文由来で、「不図」をそのまま音読みで「フト」と読んだというのも捨てがたく思われるのである。
 言葉というのは、複数の人間たちの中で意味が共有・流通されることで出来上がっててくると考えれば、軽さや速さを表す擬態語と、「予期せず」という意味の「不図」が同一視されることで共有・流通された、という考えもあり得るのではないかと思っている。

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