古文書の季節

歴史、古文書

10月30日

 川崎市公文書館の「中級古文書講座」に通っている。武蔵小杉にある川崎市生涯学習センターで、毎週土曜全四回行われるもので、次回11月2日が最終回だ。「川崎宿・幕末『御用留』を読む」というタイトルで、川崎宿の役人惣代を務めていた森五郎作という人が、廻状の写しなどを綴じた「御用留」という文書を読んでいる。
 川崎市の古文書講座にはコロナ前にも参加したことがあるほか、やはりコロナ前には横浜市旭区にある神奈川県公文書館の古文書講座にも何度か参加した。
 僕が古文書の学習を始めたのは、2016年だから、もう8年強になる。最初は単にボケ防止のつもりだった。僕はそれほど歴史好きというわけではなかったし、近世史や郷土史には特に関心がなかった。パズル感覚で、くずし字が読めたら楽しいと思っただけだったのだ。
 僕は長く高校で国語を教えており、古文・漢文・現代文と一通り何でも教えてきたのだが、実は手書きの古い文書が読めなかったのだ。旅先の郷土資料館などで展示されている古文書を見ても、全く読むことができず、日本語の専門家としては少々情けなく思っていた。
 僕は大学では日本文学を専攻したが、僕の通った大学の日本文学科は、古事記、万葉集から近現代文学まで広く浅く学ぶところだったので、近世の版本を読む授業もあった。
 しかし、教材として使っていたのが芭蕉や西鶴など、翻刻されたものが容易に見られるような有名作品ばかりだったこともあり、くずし字を読む力は全く身に付かなかったのだ。
 そこで一念発起して古文書を学び始めたというわけ。NHK学園の通信教育の古文書講座を今も続けている。この講座では「基礎コース」から始めることもできたのだが、あえてプレコースの「はじめての古文書」から始めた。結果としてこれは大正解だった。このコースで使用する非売品のテキスト「読んでみよう古文書(講座監修森安彦・教材監修大友一雄・執筆笠原綾)」がスグレモノだからである。僕は今も古文書を読むときには座右に置いている(大きすぎるのが玉に瑕だが)。もしもこれからNHK学園で古文書学習をスタートしようとする人がいたら、(既にある程度古文書が読める人でも)このテキストを手に入れるためだけでも「はじめての古文書」からスタートすることを勧めたい。
 さて、古文書の学習を始めてから知ったことに、過去このブログでも何度か取り上げた「江戸時代には、幕府や藩という言葉は使われていなかった」ということがある(「藩なんか知らないよ①②」「信長や秀吉はなぜ幕府を開かなかったのか①②」参照)。当時これらの言葉が使われていなかったことは、現代の感覚からすればこれらの言葉が使われていなければならないところに、古文書では一切使われていないのを見れば一目瞭然なのである。
 「幕府」も「藩」も、18世紀後半に国学者や朱子学者たちが使い始めた言葉で、徳川政権側は一度も使っていない。まして庶民は聞いた事さえなかったはずだ。
「藩」について「日本大百科事典」では、「藩という公称は、江戸時代にあったのではなくて、1868年(明治1)明治新政府が(中略)旧大名領には藩の呼称を用い、ここに藩は公称として用いられるようになったが、1871年の廃藩置県によって消滅し」た。「藩が日本で一定の行政区域とされたのは、厳密にいえば明治維新当時だけ」(泉雅博)と説明している。
 「ことばがものをあらしめる」という立場からすれば、江戸時代には幕府も藩も(概念としては)存在しなかったのである。時代劇や時代小説にはこれらの言葉が頻出しているものが多いが、それは事実を反映したものではないということだ。うっかり八兵衛がご隠居に、「この峠を越えたら〇〇藩ですぜ」と言ったり、暴れん坊将軍が、悪者の家来に「その方幕閣の要職にありながら」などということはありえないのである。こんなことも古文書を学ばなければ知らないままだった。
 さて、11月末にはNHK学園のオープンスクールにも参加する予定で、僕にとっては秋は古文書の季節なのである。

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