ドラマ「十角館の殺人」と本格ミステリー映像化の可能性

詩、ことば、文学

1月9日

 ドラマ「十角館の殺人」(原作綾辻行人・演出内片輝)を見た。新聞のTV欄には「“あの一行”の衝撃」などと書かれている。一時間枠で全5回。昨年公開されたネット配信ドラマだが、年末年始に日本テレビ系で集中放送した。もちろんこれからでも配信では見られるし、いずれブルーレイ化もされるようだ。原作は本格ミステリーなので、なんとかネタバレすれすれに収めて感想を書きたい。
 のっけから自慢話のようだが、僕は三十数年前にこの原作を初読した際、かなり早い段階で作品の構造と犯人に気付いた。自慢ついでに言えば、同じ作者の第二作「水車館」もほぼ完璧に当てた。同じ頃に読んだ我孫子武丸の「8の殺人」も当てている。京極夏彦の「姑獲鳥の夏」「魍魎の匣」のトリック(というべきかどうか)も見破ったことは以前も書いた(23・9・17投稿参照)。この頃は絶好調だったのだ。その後なかなか当てられなくなったのは、「叙述トリック」が主流になってきたせいだと思っている。それへの恨み節も以前書いた(22・6・29投稿参照)。(それにしても同じ作者の「時計館」は当てなくてはいけなかった。まんまと騙されたが、この作品の壮大なラストはちゃんとカネをかけたCGで再現してくれたら是非観たい。)
 「十角館の殺人」も広義では叙述トリックとも言えるだろう。ドラマの惹句でもある「映像化不可能」というのはつまりはそういうことだ。それをどう映像化したのか興味があったが、驚くことに特別なことは何もしていないのである。ドラマは冒頭からかなり忠実に原作を再現していく。まず犯人のモノローグから始まり、次に大学のミステリー研の学生6名が無人島・角島に渡る船の中のシーンになる。ここで、エラリイという学生が「社会派」のリアリズムを批判し、「絵空事で大いに結構」と本格ミステリーの魅力について語る、後に「新本格派宣言」等と言われたセリフも忠実に再現されている。学生たちは有名推理作家の名前にちなんだ、「エラリイ」「アガサ」「ルルウ」等のあだ名で呼び合っている。彼等は孤島に立つ「十角館」という建物で一週間の合宿を行おうとしていた。この建物は「青屋敷」と呼ばれた建物の離れに当たっており、青屋敷にはこれらを設計した建築家の中村青司が住んでいたが、半年前の「四重殺人」で殺害され、母屋は全焼していた。この時中村夫妻と使用人夫妻の四人が焼死体で見つかり、唯一行方不明の庭師が犯人と目されていたのだ。
 同じ頃、「本土」では、元ミステリー研究会の江南孝明の下宿に「中村青司」から「お前たちが殺した千織は、私の娘だった」というワープロ文字の手紙が届く。中村千織はミステリー研の後輩で、一年前ミステリー研の新年会の三次会で急性アルコール中毒から心臓発作を起こして亡くなっていた。江南はミステリー研のメンバーに電話して彼らが角島に渡ったことを知る。改めて角島の四重殺人事件に興味を持った彼は青司の弟紅次郎を訪ね、そこでたまたま彼を訪ねて来ていた島田潔と会う。島田とともに、もう一人本土に残ったミステリー研のメンバー守須を訪ねて語り合う。
 この後、島に渡った学生たちは次々と何者かに殺害され、江南と島田は四重殺人の犯人と目された庭師の妻に会うなどして真相を追う。小説では「島」と「本土」で章を変えているが、ドラマではもう少し細かく区切って同時に並行して描く。時系列はドラマの方が分かりやすい。主要な登場人物はすべてそのまま登場するし、セリフも(いちいち突き合せた訳ではないが)ほぼそのまま使っているようだ。時代も舞台も原作そのまま(1986年ごろの大分県)である。時代の雰囲気はよく出ている。作者が文庫改訂版のあとがきで書いているが、当時の大学生は当たり前のように煙草を吸っていた。セリフの語尾の「~さ」「~ぜ」「~かい」など、今なら絶対に言わないだろう。(僕は昨年から同人誌に参加して小説を書いているのだが、若いメンバーからよく「そんな言葉今は使わない」と注意を受ける。)
 ドラマオリジナルの登場人物は江南の下宿の管理人で、濱田マリが演じている。重苦しい雰囲気を緩和する役割だろう。また、原作にはほとんど登場しない千織が、回想シーンでかなり登場する。当然この部分の彼女のセリフはすべてオリジナルである。また、江南や島田が大学や病院に聞き込みに行く場面なども原作にはない。
 第4話の最後で“あの一行”が明かされ、「ずとまよ」の歌う主題歌が流れてタイトルロールになる。3話まではエンドタイトルがない。僕などはこのタイトルを見て、初めてアガサが長濱ねるだったことに気付いたくらいだ。彼女以外の学生役の俳優も、一人も知らなかった。
 最終話は全編謎解き編だ。原作では全体の一割にも満たない部分が倍以上に引き伸ばされていることになる。2時間ドラマなどでもそうだが解決編が無闇に長くて食傷することがある。この作品の場合、どうにも動機が薄いので、そこを強化する狙いとも思われるが、いくら厚くしても無理のある動機である点は変わらない。どんな立派な動機があろうと、トリックを弄して完全犯罪や不可能犯罪を企てる時点で本格ミステリー世界の住人なのであり、「絵空事」で結構なのだから。
 結果、原作を忠実にトレースするだけならここまでの長さは必要なく、1時間枠で4回で出来るということになるだろう。長編本格ミステリーを映像化するにはそれくらいの時間が必要で、逆にそれくらいあれば映像化できるということが証明されているのだ。僕が偏愛する横溝作品でも、原作に忠実にすべてを映像化した例はこれまで一つもなかった。NHK版「犬神家の一族」には期待したが見事に裏切られた(23・4・25/5・1投稿参照)。誰かいつか、「悪魔の手毬唄」を完全に原作通りに再現してくれないものか。
 今回の「十角館の殺人」は、やや冗長な所もあるが、かなり原作に忠実な作りで、これからの本格ミステリーの映像化の可能性を示してくれる労作だったと思う。

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