奇想と妄想 ポオの世界

詩、ことば、文学

3月15日

 ポオの作品名を、そらでいくつ言えるか試してみた。「モルグ街の殺人」「黄金虫」「黒猫」「盗まれた手紙」「アッシャー家の崩壊」「ウィリアム・ウィルソン」。あと、天井からギロチンの刃が降りて来る話(「陥穽と振り子」)、大渦巻から脱出する話(「メエルシュトレエムに吞まれて」)、伝染病を擬人化したような話(「赤死病の仮面」)。これらは内容は覚えていたが題名が出てこなかった。映画「世にも怪奇な物語」の三つのエピソードのうち、アラン・ドロンの「影を殺した男(=ウィリアム・ウィルソン)」以外の二つ(「メッツェンガーシュタイン」と「悪魔に首を賭けるな」)。覚えていたのはそれだけ、二十くらいは言えると思ったのだがかなり少ない。子どもの頃読んだ、あかね書房の「少年少女世界推理文学全集」の第一巻には、ほかに「ちんばガエル」「細長い箱の秘密」とあるが、どんな話だったろうか(それはそうと「ちんばガエル」という題は今日的には問題ありだろう。ゴダールの「気違いピエロ」でさえ、TVで放映した際は原題そのままの、「ピエロ・ル・フー」となっていた。「ル・フー」は狂人のことだから意味は同じなのだが)。
 ポオは不思議な作家だ。徹底してフザけたパロディーストと、求道者のように完璧を追求する審美家の二面を持っている。合理主義的な理屈屋でありながら、それでは説明がつかないような奇談を求めてもいる。忘れていた「細長い箱の秘密(原題は長方形の箱)」は、こんな話だった。ある男が長さ6フィート、幅2フィート半の細長い箱を客船の船室に持ち込む。この形から想像がつく通り、中にはぎっしり塩が詰められ、その中に防腐処理を施した若妻の死体が隠してあるのである。その後、客船が難破して、人々はみな救命ボートに乗り移る。一度は助かった夫だが、狂ったように制止を振り切って船に戻る。そして、信じられないような力で箱を引きずり出すと、もろともに海に呑まれてしまう。つまり、一見不思議な箱の正体は合理的に説明がつく。それよりも恐ろしいのは夫の妄執の方だった。
 ETVの「100分de名著 エドガー・アラン・ポー スペシャル」は、第一回「アーサー・ゴードン・ピムの物語」、第二回「アッシャー家の崩壊」までが現在放映されている。
 ポオはわずか40才での謎に満ちた死のせいもあり、なかば伝説上の人物のように扱われることも多い。実際は神懸った天才というより、かなり実務的な人だったらしい。一種のジャーナリストであり、編集者であった。売れる話、新奇な話を集めるのが彼の仕事だったのである。唯一の長編「アーサー・ゴードン・ピム」には種本があるようで、剽窃と言われても仕方のないようなところがあると佐伯彰一が指摘している(東京創元社版ポオ全集第2巻解説)。
 現実にはあり得ないような設定は、仕掛けだった。つまり、「奇想」は読者を驚かすためにアンテナを張って収集したもので、決して彼自身が「妄想」に取り憑かれていたわけではないのだ。そして、それが受け入れがたいような話であればあるほど、作者の腕の見せ所となる。一方で優れた批評家でもあり、サービス精神にあふれてもいたので、自らネタバラシまでしてしまう。オチを語りたくて仕方がない。それが世界初とされる推理小説に繋がっていったのではないかと思う。(この項、おそらくまだ続く)

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