気になる言葉「ひよる」

詩、ことば、文学

7月28日

 TVのCMを見ていたら、アニメのキャラクター風の男が「この中にヒヨってるヤツいるー、いねえよなあ」と言っているのを聞いて驚いた、そして何とも言えない違和感を覚えた。この「ヒヨる」という言葉は、僕の知っているあの「ヒヨる」と同じなのか。
 あの「ヒヨる」とは漢字で書けば「日和る」で、「日和見をする」を略した言葉だ。「日和見主義」なんていう言葉もある。「日和見」とはもともと天候を見ることだが、転じて「形勢を見て有利な方につこうとすること」の意になる。要するに、どちらにつくかはっきりさせず、ほぼ勝敗が見えてから勝つ方に付こうという態度のことだ。類語として「洞ヶ峠を決め込む」という言葉もあり、これは天王山の戦い(1582)の時に、天王山に臨む洞ヶ峠で戦況を見て有利な方に付いたという(事実ではないようだが)故事に基づく。
 なぜ僕が驚いたかと言うと、この「日和る」がとても古い言葉だからである。僕(1961年生まれ)が学生時代にこの言葉を使ったことはなく、多分知りもしなかったと思う。初めて聞いたのは就職してからで、僕より一世代以上上の人たちがよく使う言葉だったのだ。僕より一世代上の人たちとは、つまり学生運動が盛んだったころに学生だった人たちである。広辞苑(七版)の「日和見主義」の説明にも、「政治運動や労働運動で用いられることが多い」と書かれている。そして彼らが使う「日和る」とは、形勢不利とみて強い側(ほとんどの場合体制側を意味する)に寝返るとか、思想的に「転向」するという意味だ。「あいつは日和った」とはつまるところ「裏切った」ということで、「模様眺めをしている」という原義はほぼ失われているのである。僕が強い違和感を覚えたのは、「ヒヨってる」というような存続(現在進行)の言い方を聞いたことがなかったからだと思われる。
 調べてみたところ、このCMの言葉は「東京リベンジャーズ」という漫画及びアニメの登場人物のセリフ。ヤンキー(?)のリーダーが抗争相手との戦いの前に言う言葉らしい。だから、「強い相手に臆して味方を裏切ろうとしている」という意味に取れば、まんざら間違いではないことになるのだろうか(ネット等で見る限りでは、「ビビる」とほぼ同じような意味で使われているようだが)。それにしても還暦を過ぎた僕から見ても古い流行語が突然若者言葉として復活するとは驚きである。
 「死語」と思われた言葉が突然復活するということは過去にもあった。もう前世紀だが、死語になりかけていた剽軽(ひょうきん)という言葉が、「オレたちひょうきん族」という人気番組のタイトルとして復活し、番組が終わるとまたすぐ死語化した。比較的最近では忖度(そんたく)もそうだ。この言葉は本来「他人の心中を推し量る」ということで、決して悪い意味ではないのだが、すっかり悪者にされてしまった。
 死語ではないが、使い方が変わったと思う言葉に「こだわる」がある。これは「拘泥(こだわ)る」と表記されることもあり、僕の語感では、「どうでもいいことに必要以上に執着する」という感じで、いい意味ではなかった。むしろ捨て去るべきものという感じだった。それが今では「こだわりの逸品」などと使われるようになってしまった。まあ、僕はあまり使いたくない言葉である。というより、こだわらない人間でいたい。

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