「赤いスイートピー」に先行する名曲「海が泣いている」

音楽、絵画、ドラマ

8月2日

 松田聖子の「赤いスイートピー」(松本隆作詞、呉田軽穂⦅=松任谷由実⦆作曲)といえば、昭和のアイドル歌謡の人気投票等では常に上位にランキングされる曲である。その詩の制作の秘密が明かされるというので、TV「関ジャム」を録画しておいたのを見た。
 と言っても、この手の番組で今まで知らなかったような「秘密」が明かされることはまずないので、それほど期待はしていなかった。「春色の汽車」とはオレンジと緑のいわゆる湘南色の電車のこと、「煙草の匂い」は普通はいやなものだが、彼の匂いとして認識されている、半年過ぎても手も握らないのは、イマドキではない、普通の真面目な女の子を描きたかったから…等の解説があったが、やはりどうも食い足りない。
 気になるのは、半年経っても手を握らない彼の方についてであろう。こんなかわいい子に「あなたについて行きたい」とまで言わせて何の行動もしない。彼女の方はむしろ手を握ってほしいのである。ちょっぴり気が弱いというのは、そのあたりの煮え切らない感じを評しているのかもしれない。いったいこの彼はどんな人なのだろう。
 実はこの曲の三年ほど前に、松本はよく似たシチュエーションの詩を書いている。それは「海が泣いている」という曲だ。太田裕美の13枚目のシングル「振り向けばイエスタデイ」のカップリング曲で、同名アルバムの表題曲でもある。作曲は筒美京平。
 歌詞をそのままここに示せればいいのだが、多分権利の問題があると思うので要約する。冬の海にやって来た二人。彼は苦い顔をして煙草を吸うばかりで、何もしゃべらない。その彼が言いたいことが彼女には分っている。彼は口先だけの言葉で調子よく女性を口説けるような人ではない。「君を抱きたい」というセリフが言い出せずにいるのだ。
 この曲が入っているアルバムは、デビュー曲「雨だれ」以来の松本・筒美コンビの最後にして集大成として、ロサンゼルスで録音された。そのせいなのかは知らないが、全曲に英語の副題がついている。「海が泣いている」の副題はずばり「Platonic」である。
 三番の歌詞がいい。彼女は思う。絶えず揺れ動いている心だけで、人が愛せるものだろうか。今あなたに抱きしめられたら、私の心は体に溶けだすだろう…。自然の流れに任せていつか結ばれる日を信じて、二人は何事もなく海を後にする。
 もちろん、「赤いスイートピー」とすべてが繋がるわけでないが、世界観は共通している。こちらも勝るとも劣らぬ名曲、両方を聴くことでより世界が広がるのではないだろうか。特にこの「海が泣いている」は、松本隆の真骨頂ともいえる比喩のうまさや、ときに理屈っぽくなりがちな内容をすとんと納得させるあたり、一編の独立した詩として読んでも良い作品である。その詩に寄り添う筒美京平の優しいメロディーも素晴らしい。そして、特筆すべきは萩田光雄のアレンジの妙である。曲の進行に合わせて、少しずつ楽器を加えてゆく手法は、アルバム「心が風邪をひいた日」の中の「七つの願いごと」でも用いている、萩田の十八番。筒美に比べてケレン味が少なく、どこまでも曲を生かすアレンジになっている。是非一度聴いていただきたい曲である。

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