「のろわれた沼の秘密」

詩、ことば、文学

11月3日

 小学校一年で読んで、大袈裟に言えば僕の生涯の一冊になった本。ホイットニー作・白木茂訳・三輪しげる絵。ニューヨークで暮らしていた13歳の少女スーザンが、避暑地の町でひと夏を過ごす。病気の父の転地療養のために父の故郷であるこの町に引っ越すことになり、彼女は先発としてその町に住むおばを訪ねてきたのだ。そこで一家が借りる予定の古い屋敷にまつわる謎に巻き込まれていく。と言っても、血なまぐさい事件も起きず、一発の銃声も響かない。面白い話であるとはいえ、どうしてこれほど引き込まれたのかよくわからない。冒頭に出てくる「冷房(クーラー)のきいた長距離バス」など、こちらの現実にはどこにも存在していなかった時代のこと。ベトナム戦争前のアメリカの、豊かで平和な社会に魅了されたからだろうか。
 炬燵に寝転んで読んでいた記憶があるから、三学期だったのだろう。もとは兄の本で、小学一年生には難しい内容だった。多くの漢字にルビが施してあったのでなんとか読むことができたが、勘違いも多かった。話の中に、扇型に開くとへりに絵が浮かび上がる仕掛けが施してある本のことを「ほりだしもの」だと言う場面があった。それで僕は、そういう本のことを「ほりだしもの」と呼ぶのだと長らく思い込んでいたのだった。とにかく僕はこの本を何度も繰り返し読み、真似して文章を書いたりもした。僕の教科書だったとも言える。
 あかね書房「少年少女世界推理文学全集」の中の一冊で、川端康成や中野好夫が監修に名を連ねている(おそらく名前だけだろうが)。全20巻で、ポー、ドイル、クロフツ、カー、バンダイン、クイーン、クリスティー、さらにはチャンドラーやハメットといった巨匠の作品が一冊につき二作以上抄訳で収録されている。最後の二巻はSF編としてハインラインやアシモフの作品が入っている。不思議なのはそんな中で第11巻であるこの本だけが一冊に一作品配されていることだ。「少年少女エドガー・アラン・ポー賞」受賞作であるということもあるのだろうか、破格の扱いである。僕はホイットニー女史という人はクイーンやクリスティーと肩を並べる大作家なのだとずっと思っていた。
 この全集は挿絵も素晴らしく、横尾忠則や黒田征太郎といった気鋭のイラストレーターが担当している。中でもこの本の三輪しげるの絵が素晴らしいのだ。この人は同じシリーズの「赤い家の秘密・黄色いへやのなぞ」の挿絵も担当していて(こちらの表記は三輪滋となっている)これも良いのだが、「のろわれた…」の方がさらに良い。三輪滋は谷川俊太郎と組んでいくつかの絵本も出しており、谷川が天才と評しているのを読んだことがある。確かにすごい絵だが、「のろわれた…」や「赤い家…」の絵とはまるで画風が違う。いったいどういう人なのか、不思議なほど情報が少なく、ウィキペディアの記事もそっけない。
 ところで、僕が今持っている本はかなり傷んで崩壊寸前である。代わりを手に入れたいと思って時々アマゾン等を見るが、ずっと二の足を踏んでいる。たった今もチェックしたところ43,000円で一冊出ていた(発売時の価格は380円)。現物の状態を確認しなければこの値段は出せない。また、原書「Mystery of the Haunted Pool」も出来れば手に入れたいが、アマゾンではただいま取り扱いなしになっていた。実はこの本には一か所、日付の点でつじつまの合わぬところがあるのだが、それが原作の瑕疵なのか、訳によるものなのかわからない。いつか原書を手に入れられたら、自分で訳して、「私家版」を作ってみたい。

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