6月7日
(久しぶりの「気になる言葉」シリーズ。過去の、「ジャックする」「〇―1」「におう」も是非合わせてお読みください。)
もう二十年以上前だと思うが、TVを見ていたら、「頭よさげ選手権」というテロップが出た。二度見どころか何度見ても意味が分からず、すっかり当惑してしまった。外見から頭が良さそうに見える人を選ぶということだったのだが、せめて「良さげ」と書いてあれば分かったかもしれない。この「よさげ」という言葉も、その後耳にすることが増えた。
「よさげ」の何が問題なのか。この「げ(気)」という接尾語は、「~のような様子である」ことを表す。「~」の部分に形容詞が入る場合は「語幹」になる。「さびし・げ」「たのし・げ」「心細・げ」等々。語幹というのは活用によって形が変わらない部分のことで、形容詞の場合は意味を表す最も小さい単位でもある。だから、つまらないギャグを聞いて「寒(さむ)!」というのは、つまり語幹なのだ。「よい(良い)」の語幹は「よ」だから、「よげ」が正しい。ただ、この「よげ」は、現代語ではあまり使われないようだ。「げ(気)」は、気分や雰囲気、情緒を表す形容詞について使われることが多い。例えば「深げな沼」とはあまり聞かないが、「感慨深げな様子」ならありだろう。「よい(良い・善い)は客観的な価値判断の言葉だから、単独で「よげ」が使われることはあまりない。「心地よげ」「快げ(こころよげ)」ならよく使われる。
それにしてもなぜ現代の若者が、わざわざ「よい」に「げ」をつけようと思ったのか、「げ」自体は古い言葉で、若者が好むとは思えない。もしかして、「何気なく」を「なにげに」と言うようになったことと関連があるのだろうか。「なにげによさげじゃね?」なんて、いかにも若い子が言いそう(あくまで僕の想像)だ。
それではこの「よさげ」という言い方が文法的に間違いかというと、必ずしもそうは言い切れないのである。「~げ」と似た表現として、「~そうだ」という助動詞があり、「さびし・そうだ」「たのし・そうだ」「心細・そうだ」等、形容詞の語幹に付く点も同じ。この助動詞を、「よい」「ない」など、語幹が一音節のみの形容詞に付ける際に、「よさそうだ」「なさそうだ」というように、語幹の後に形容詞を名詞化する「さ」を挿入する。その方が言いやすく聴き取りやすいからだろう。これが許容されるなら、「よさげ」だって問題ないということになるのかもしれない。僕が初めて聞いた時に衝撃を受けたのは、単に自分が日本語を習得してきた過程では出合ったことのない言葉だったからというに過ぎない。そして言うまでもなく、言葉は時代とともに移り変わっていくものなのだ。
この「~げ」という言い方は、もとの形容詞などを形容動詞化するわけだから、当然後からできた言葉である。そして、「をかしげ」「うつくしげ」「きよげ」などという言葉は、日本の古典文学を代表する「源氏物語」の中でも非常に多く使われているのだ。「をかしげ」を例にとると、「をかし」が絶賛する感じでやたらには使えないのに対し、「をかしげなり」なら、「ちょっと気が利いている」、「悪くない」ぐらいのニュアンスになるので使い勝手がいいのだ。これらはもしかするとこの当時の流行語だったのかもしれない。紫式部も年長者からは、「近頃の若い人たちは変わった言葉を使うこと」なんて言われていたかもしれない。そんな想像をするとなんとなく楽しくなってくる(のは僕だけか)。
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