ドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ」を見る

音楽、絵画、ドラマ

8月25日

 「パパゲーノ」という言葉は(恥ずかしながら)知らなかった。このドラマはNHKのポータルサイト「自殺と向き合う」に寄せられた投稿や取材をもとに制作されたもの。「パパゲーノ」とは「死にたい気持ちを抱えながら、その人なりの理由や考え方で『死ぬ以外』の選択をしている人」のことで、彼らと触れ合うことで自殺を抑止する「パパゲーノ効果」も報告されているのだという。それにしても、わずか一時間のドラマで7人ものパパゲーノが紹介できるのだろうか。
 ドラマとして見た場合、不必要と思える過剰なナレーションがまず気になった。重苦しい内容を和らげるためにわざとコミカルなナレーションにしたのだとしたら、むしろ「生きづらさ」を抱えている人に失礼とも感じる。逆に重要なセリフに聞き取りにくいところが多々あった。そして、「7人のパパゲーノ」がそもそも誰を指しているのかがよくわからない。
 ヒロインのもも(演・伊藤沙莉)はオーバードーズで救急搬送されたことをきっかけに自分の中の「死にたい気持ち」に気づき、リストカットならぬレッグカットを繰り返している25歳の女性。友人には「死にたい人は焼肉を食わない」とからかわれ、恋人気取りの男からは「自殺は裏切りだ」と説教されたりする。友人も恋人も話を聞こうとしない点が共通している。そしてある月曜日、とうとう会社に行けなくなってしまうのだが、この時点で彼女はパパゲーノではない。
 コンビニに駐輪している自転車を倒してしまったももを「今やったら絶対当たるから」と言って強引に競輪に誘う女(役名なし)も、とても魅力的なのだがパパゲーノではない。ももはこの出会いをきっかけに、SNSで「しんどいなあって思った時、皆どうやって辛さとつきあっているんでしょうか」と発信し、そういう人々を訪ねる旅を開始する。
 以降、IT企業をやめて田舎で農業をする女性・玲(実はももの同級生だった)、自分が分からないという雄太(演・染谷将太)、元吹奏楽部の少女、四十代のコンビニ店員の男・おむすび、仕事が生きがいだが仕事が苦しいと語るりょうパパ(演・野間口徹)と次々に会う。この五人の中で雄太は、ももと同じく苦しい気持ちを抱えながら生きる人の話をヒントにしたいと思って応募してきたので、やはりまだパパゲーノとは呼べない。その後彼はももと行動を共にすることになる。おにぎりとりょうパパ、負のオーラを出しまくる男性二人は△(パパゲーノ効果が期待できない)。大切な人のために働くというりょうパパの言葉にももはひどく動揺し、雄太にきつい言葉を浴びせてしまう。一人に戻ったももの前に現れたホームレスの男性(演・浅野和之)は、りょうパパとは対極と言っていい自由人であり、彼にすべてを話したことでももは癒され、雄太に謝罪の電話をする。だがこのホームレスもまたパパゲーノとは言えまい。
 この謝罪の電話からドラマは急展開を見せる。詳細は省くが、一緒に一夜を過ごしたテントの中で、雄太はももに自分の「生きにくさ」の正体を告白する。この時彼はパパゲーノになったのである。翌月曜日の朝、ももは「死にてー」と叫ぶが、ドラマ冒頭で彼女が言った同じ「死にてー」とは全く違うニュアンスを持つ。隣に「わかるー」と言ってくれる雄太がいるからだ。彼はこの後ももにとって大事な人になるだろうが、恋人としてではない。ドラマの早い段階で出てきた、占いの先生(演・池谷のぶえ)の「予言」が当たったわけだが、この占い師もまたパパゲーノではないし、こんな伏線のためだけに池谷を使ったのだとしたら何とももったいなく思える。結局ドラマに登場したパパゲーノは、最大でも五人である。
 五人のうち、最も詳しく描かれているのは玲であるが、彼女の生きづらさはIT企業で経験したセクハラやパワハラで、ドラマ的には「ありがち」な話である。だが、これが今の社会の実相なら、つまらないなどと言ってはいけないのだ。このドラマは理不尽な差別と闘って胸がすくような結末を用意していない。そんな社会より自分を優先すべきだと言うのが最後に登場する浅野和之演じるホームレスだが、いくら彼が魅力的だからと言って、みんながホームレスになるのが解決になるわけもない。解決のヒントがあるとすればそれはももと雄太の心のつながりにしかないのではなかろうか。
 パパゲーノと自殺志願者の違いは何か。それは自分の「生きづらさ」を自覚し、言葉で表現できるか否かということだろう。よって雄太はパパゲーノになれたが、ももはまだである。「もも」というヒロインの名は、サイトに寄せられた投稿名のうち最も多かった名前から付けられたのだという。誰もが感情移入しやすいようにあえてぼんやりした人格設定にしてあるのだろう。特徴としては人に流されやすい(玲に煽られて告白してしまう、それほどいやではないという理由で男と付き合ってしまう、恋愛のお守りを買わされてしまう、競輪に付きあわされる、泥酔した男に引きずられてスナックでカラオケを熱唱してしまう等、枚挙にいとまがない)ことぐらい。こういう役を自然かつ魅力的に演じてのける伊藤沙莉も凄いし、相手役の染谷将太もまたいい。別れ際、ももが今日は夜更かししようと雄太に言う。「他の誰かも眠れないと知っただけでちょっと安心する」。この二人の結び付きは決して「生産的」ではないかもしれないが(皮肉で言っています)、これからの時代に重要なものなのだろう。こういうドラマが必要な時代になったこと自体は幸せなことではないかもしれない。だが、まさにこの今において意味のあるドラマなのだと思った。

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