2月14日
「バカラックがビートルズに逢った時」という不思議なタイトルのアルバムがある。僕の手元にあるのは「筒美京平 BACHARACH meet THE BEATLES」の題で復刻されたもので、もともとは兄が持っていたCDだった。
先日、バート・バカラックの死去を報じる朝日新聞の記事に、「華やかな旋律を紡ぎながら、転調・変拍子を効果的に使った高度な作編曲技術は、バカラック・サウンドと呼ばれ、親しまれた。日本でも、作曲家の筒美京平さんが影響を公言するなど、日本の音楽シーンにも大きな影響を与えた。」と書かれていた。ここに筒美の名をあげてくれたのは、我が意を得たりという感じでうれしかった。
筒美京平の音楽について、個性がないという言説を見聞きすることが相変わらず多いが、僕は70年代の筒美は最高に尖っていたし、素晴らしく個性的だったと思っている。ペンタトニック(5音階)を多用したメロディ作りと、バカラック風のアレンジこそが彼の持ち味だった。
僕が筒美京平の凄さを意識し始めたのは、南沙織の一連のヒット曲あたりからだったように記憶している。例えば「純潔」という曲の歌い出し。「嵐の日も 彼とならば」という歌詞が、「あ/らしのひも」「か/れとならば」というリズムになっているのにのけぞった覚えがある。
松本隆によれば、筒美はもともと「曲先」(作曲家が先にメロディーを作り、後から作詞家が詞を当てる作り方)で、松本と出会ってから「詞先」の面白さに目覚めたのだという(彼の回顧談は、やや手前味噌な自慢話が多すぎる気もするが)。もしこの曲も曲先だとしら、このメロディーにこの詞を当てた有馬三恵子もまた天才ということになるが(実際良い詞が多い)。
それはさておき、僕が南沙織の曲の中で一番好きなのは「ひとかけらの純情」というアルバム(このシングルカットされた表題曲がまた名曲で、やはり有馬・筒美コンビの曲)に収録されている「いとしい傷」(この作詞も有馬)という曲だ。たった2分40秒の曲だが、涙ものだ。これこそ筒美京平がバカラック・サウンドを完全に消化して自分のものとした曲だと思う。
冒頭に戻って、「バカラックがビートルズに逢った時」というアルバムは、「チケット・トゥ・ライド」や「デイトリッパー」、「イエスタデイ」、「ヘイ・ジュード」などビートルズのヒットナンバーを、筒美が、「バカラック・サウンド」で編曲したというもので、1971年に発売されている。演奏はフェザー・トーンズとなっているが、この録音のために集まったプレイヤーたちに付けた仮の名だろう(個々のクレジットはない)。「そもそもバカラック・サウンドとは、何か」について、復刻版の解説を書いているコモエスタ八重樫は、「ギロやカバサといったラテン系の小物パーカッションが入っているとか、独特のカッティングのエレキギターが印象的だとか、トランペットがあくまでも軽くメロを吹くとか、フリューゲル・ホーンやフルートのオブリガード」云々と書いているが、言葉では結局説明できない。「クロス・トゥ・ユー」でも「アルフィー」でも何か一曲聴けば、なるほどこれがバカラックかと分かるだろうと思う。
実際にこの「バカラックがビートルズに逢った時」を聴いてみると、実に豊かな音で、71年(僕は十歳だ)に、こんな贅沢な音楽があったのかと驚かされる。やっぱりアコースティックは良い。ただの老人の郷愁と言われてしまえばそれまでなのだが。
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